「ママー!お兄ちゃんがたたいた!」「先にやったのはそっちだもん!」。わが家では、こんなやりとりが毎日のように繰り返されています。3人きょうだいを育てていると、兄弟げんかは日常の一部です。
最初のころは、けんかが始まるたびに飛んでいって止めていました。でも、そのたびに「どっちが悪いか」で揉めて、かえってけんかが長引くことも。試行錯誤するうちに、すぐ止めなくていいけんかと、すぐ止めるべきけんかがあることに気づきました。この記事では、私なりの見極め方を紹介します。

「ママー!お兄ちゃんがたたいた!」「先にやったのはそっちだもん!」。わが家では、こんなやりとりが毎日のように繰り返されています。3人きょうだいを育てていると、兄弟げんかは日常の一部です。
最初のころは、けんかが始まるたびに飛んでいって止めていました。でも、そのたびに「どっちが悪いか」で揉めて、かえってけんかが長引くことも。試行錯誤するうちに、すぐ止めなくていいけんかと、すぐ止めるべきけんかがあることに気づきました。この記事では、私なりの見極め方を紹介します。
兄弟げんかは、親にとっては悩みの種です。でも、子どもたちにとっては、自分の気持ちを伝えたり、相手の気持ちを知ったりする練習の場でもあるのかもしれません。
わが家でも、親が口を出さずに見守っていると、子どもたちが自分たちで「じゃあ、順番にしよう」と解決することがあります。そんな姿を見ると、すべてのけんかを親が止める必要はないのだと感じます。
次のようなけんかは、少し離れたところから様子を見るようにしています。
「これは私が使ってた」「次は僕の番」といった言い合いは、子どもたちだけで解決できることが多いけんかです。親がすぐに入ると、「ママに決めてもらえばいい」と考えるようになってしまうこともあります。
言葉で言い合っているうちは、少し様子を見ます。ただし、相手を傷つけるひどい言葉が出たときは、すぐに声をかけるようにしています。
一方で、次のようなときは迷わず止めます。
たたく、ける、物を投げるなど、体を傷つける行動が出たら、すぐに間に入ります。けがにつながるおそれがあるので、ここは見守る場面ではありません。
年の離れたきょうだいの場合、体の大きさや言葉の力に大きな差があります。一方的になっているときは、早めに声をかけるようにしています。
けんかのたびに、いつも同じ子が泣いて終わっている。そんなときは、その子の気持ちに目を向けるようにしています。

以前は、けんかの原因を聞いて、どちらが悪いかを判断していました。でも、子どもたちはそれぞれ「自分は悪くない」と思っているので、判断するとどちらかが不満を抱えてしまいます。
今は、まずそれぞれの気持ちを聞くようにしています。「悔しかったんだね」「使いたかったんだね」と気持ちを受け止めると、子どもたちも少し落ち着きます。
気持ちが落ち着いたら、「どうしたらいいと思う?」と聞いてみます。子どもたちが自分で考えた解決方法は、親が決めたルールより守られやすいと感じています。
けんかが落ち着いたあと、それぞれの子と1対1で話す時間をつくるようにしています。きょうだいの前では言えなかった気持ちを話してくれることもあります。
毎日のけんかに付き合うのは、本当に疲れます。私も、疲れている日はつい大きな声で叱ってしまうことがあります。
そんなときは、自分を責めすぎないようにしています。完璧な対応を毎回する必要はありません。余裕があるときに、少しずつ関わり方を変えていけばいいのだと思っています。
けんかへの対応と合わせて、そもそもけんかが起きにくくなる工夫もしています。
わが家でけんかの原因になりやすいのは、ゲームの順番とテレビのチャンネルです。そこで、ゲームは「1人30分で交代」、テレビは「曜日ごとに決める人を変える」と、子どもたちと一緒にルールを決めました。ルールがあると、揉めそうになったときに「ルールはどうだった?」と立ち返ることができます。
きょうだいがずっと同じ空間にいると、どうしてもぶつかりやすくなります。部屋の一角に小さなスペースをつくり、「ここにいる人には話しかけない」というルールにしました。気持ちを落ち着けたいときに一人になれる場所があるだけで、けんかが長引くことが減りました。
けんかの裏には、「ママにもっと見てほしい」という気持ちが隠れていることもあります。週に1回、10分でもいいので、それぞれの子と1対1で過ごす時間をつくるようにしています。
兄弟げんかは、子どもたちが人との関わり方を学ぶ機会でもあります。危ないときはすぐに止め、そうでないときは少しだけ見守ってみる。その線引きを意識するだけで、親の気持ちもずいぶん楽になります。
次にけんかが始まったら、すぐに飛んでいく前に、少しだけ様子を見てみてください。子どもたちが自分たちで解決する姿に、驚かされるかもしれません。
この記事は、ひとさじ帖編集部が内容と表現を確認したうえで公開しています。